Hanhoについて
Tokyo Male Art Fair 2026に出品されてたAI生成画像アカウントを作品としたものについての検討。展示そのものは見られていないので、展示の様子やステートメントから分かる範囲で。
まずステートメントの中身が弱すぎて作品として扱うには強度が足りないが、ロゴパロディやステートメントをAI生成する行為がステートメント内容と乖離しているのでステートメントそのものも“フェイク”である可能性を考える。が、展示写真内にステートメントで言及されていた薔薇族が置かれているところを見るとステートメントに沿う展示であった可能性が高い。
(ステートメントがフェイクでないと考えると)
展示に男性同性愛者文化の"古典"である薔薇族を取り上げることでAI生成物(Hanho)にコンテクストを付与しようと試みているが、AI生成物自体にどのようなコンテクストがあるか説明されておらずごく表面的なものにとどまっており説得力に欠ける。作品自体の強度が弱く、古典の文脈にうまく組み込めていないように見える。
AI生成物を"事象"としてメタ的に作品に取り入れるならば「何を元にして生成したのか」、つまりプロンプト部分にどのようなコンテクストがあるかが重要になってくるが、ステートメントにしろ生成物にしろそれが明かされていないので「AI使ってみました」以上のものになっていない。
(ステートメントもフェイクと考えると)
「AI生成で適当に作ったものにも人の心は動かされてしまう」というのが真のコンセプトで「AIの画像にAI生成のステートメントつけてその内容に関連したアイテムを散りばめれば“アート”として成立しちゃうでしょ?」という挑発的な作品と捉えることも可能ではあるが、AI生成物であることを公開するタイミングの一貫性の無さや、ステートメントとAI生成物やその見せかた(売りかた)がちぐはぐである違和感は拭えない。“フェイク”をコンセプトに据えるのであればもっと効果的な見せかたはいくらでもあるだろう。
以下は感想
・本当にステートメント内容のような作品にしたいのであれば、ステートメントはAI生成しないほうが良い
・挑発的な作品と読むにしても脈絡がない。メタ的に作るならファンからのDMを展示するくらいの胆力が欲しい
・特に視点に新しさがない。異性愛者男性を対象にした女性のAI生成モデルでも同じ事象は再現できてしまうので、ゲイカルチャーとしての特異点を吟味してほしい。AI生成モデルにしても、児雷也のイラストではできない、AI生成モデルにしかできないことは何なのかという点をもっと突き詰めるべきでは
・『AI生成モデル』として楽しむことと実在人物と騙されることの違いや、フェイクで人を騙すことの倫理的問題については対策や理論武装が必要
・ステートメントのような内容でまともに作品を作るなら、Hanhoでなくコンセプトのしっかりした新しいAI生成モデルを作ったほうが良い
・韓国人モデルのフェイクアカウントが日本企業のロゴをパロディ化したロゴを用い、日本を舞台に、日本のゲイカルチャーを引用している、というところから何を読み取るべきなのか。あまりポジティブな文脈で読むことができないが……
・個人的には「AI生成モデルを通して承認欲求を満たしつつ大衆の消費システムに組み込まれていく人」のほうが題材として尖っていて面白いと思う